グレートジャーニー

昨日、探検家・人類学者・外科医。武蔵野美術大学教授の関野吉晴氏が「地球永住計画」の一環として行っている映像で観る「グレートジャーニー」に行ってきました。

演目は、アラスカ、ベーリング海峡編。

「グレートジャーニー」は、関野氏が、人力だけで南米からアフリカまで人類拡散の道をたどる1995年~2002年まで、年に1回、8回に渡りフジテレビで放送された、大型ドキュメンタリー紀行番組です。

※ウィキペディアを見るとキャスト・スタッフに私の名前はありませんが、私が、企画書を書き、プロモーションビデオを作り、テレビ局にプレゼンして売り込み、最初から5回まで探検に同行して演出しました。他の記録を見ても、私の名前がないものが多々ありますが、フジテレビと揉めて番組を降りたから記録が消されたのかどうか、私には分かりません。

話は横道にそれましたが、それを観て思ったことを書きます。

関野氏の探検を番組しようと思った最初の動機はは、「急速に失われていく先住民の文化と地球の自然。それを探検を軸にしながら人類の財産として記録していこう」という関野氏のコンセプトに賛同したからです。しかし、実際に放送してみると、視聴者が観たいのは「世界の果てまでイッテQ」が高視聴率なことでも分かる通り、探検の厳しさであり、その中で関野が苦闘する姿なのです。厳しい自然や先住民の文化はそのための舞台でしかく、テレビ局の意向もあり回を重ねる毎に最初のコンセプトは崩れていきました。

最初から、タレントを同行させろとプロデューサーにいわれ、激しく抵抗したのを覚えています。

視聴率重視のテレビ局では仕方のないことだと思いますが、かなり悩みました。

もう一つ悩んだのは、北米に入ってから、先住民の生活をありままに描けなくなったことです。今回は、アラスカ・セントローレンス島の先住民、ユーピックの捕鯨が出てきましたが、「伝統のやり方でクジラを捕り続けている」とか、「必要な量しか決して捕らない」とか、「捕ったクジラは余すところなく使う」とか陳腐なコメントを書いてしまいましたが、ウミヤックというセイウチの皮で作ったボートを使っていることは確かで、その方が音がしないのでクジラに近づけるのも事実です。でも、船外機が付いていて、クジラを見つけるまではエンジンで走ります。確かに手投げの銛を使っていますが、先端には火薬が仕込んであって、当たると鏃が発射されるようになっています。クジラが捕れても、先住民の保護政策としてアメリカ政府から大量の食料が供給されているので、子どもたちはハンバーガーの方がいい、と言ってあまり喜びません。捕れたクジラは、浜辺て切り分けられて村人に分配されましたが、内蔵などは(かつては食べていたそうですが)放置され海に廃棄されました。しかし、それらの事実は暗黙の社会的タブーとして放送することは出来ませんでした。

本当ならば、アメリカ政府により伝統文化を否定され、そうならざるを得なかった彼らの歴史まで紹介するべきだったのに・・・

改めてグレートジャーニーを観て、徐々に最初のコンセプトが薄れ、過酷なだけのただの冒険番組になってしまったことを反省しました。

壱プロ ~山と海と映像制作~

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